過酷な経験、後世に 旧日本軍兵士らの証言

過酷な経験、後世に 旧日本軍兵士らの証言

現地スパイに「二・二六」関係者?

 旧日本兵が使っていた軍服=2013年7月、東京都台東区【時事通信社】

 ある時、旧日本軍がスパイとして使っていたビルマ人の中に、顔立ちが日本人のような男がいることに気付いた。男が置かれた状況から、とっさに「(1936年に起きた)二・二六事件の関係者(下士官)か」と尋ねたところ、顔色が変わった。「ビルマで結婚し、子どももいます。これ以上、聞かないでください」と言われたという。

 45年8月、ラジオで聞き慣れない「終戦」という言葉を耳にした。同年10月には、ラングーン(現ヤンゴン)にあった連合軍側のアーロン収容所に。47年7月、広島市に復員するまで2年弱、道路、鉄道工事、遺体の発掘などに従事させられた。特に最初の1年は、過酷な扱いを受けたという。

 二・二六事件で反乱部隊の本部が置かれた東京・永田町の山王ホテル。中央奥は集合した兵士たち【時事通信社】

 今西さんは「ミャンマーで仲間の遺骨を収集したいという思いはあるが、死ぬと2、3日でハゲタカに内蔵をついばまれ、10日で白骨化。戦地はジャングルの中が大半で、とても無理だろう」と力なく語った。

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